原子力災害対策本部の議事録がない!

  • 2012/01/30(月) 22:36:10

 福島第一原発事故に対応する政府の原子力災害対策本部が開いた23回にもわたる会議の議事録が、残されていないことが判明したというニュースに接しました。

 それだけでなく東日本大震災の緊急対策本部の議事録も、ない疑いがあるという。

 これらの会議は、今後のエネルギー政策を左右する、また災後の復興の道筋をつける重要な会議であるはずです。それらを検証して、今後の対策を講じるためにも記録を残すことは不可欠です。

 また会議の内容について情報を公開されることは、民主主義社会の根幹をなすものといっていいでしょう。

 会議の中で言った言わないということは、後から大きな政治的責任が伴う場合もあります。

 議事録が残っていないということは、あとから責任問題が生じたりあげつらわれたりしないために、故意に議事録を残していない、という見方をされても致しかたない。

 議事録が残されていなかったということは、その言動が政治的に責任を伴うかどうかより、残されていないこと自体が大きな政治的責任になるでしょう。

「中庸」ということ

  • 2012/01/29(日) 22:10:31

 大阪維新の会の激震が続いています。

 「大阪がこのように今、動き始めているなら、この日本国も動かしていこうじゃありませんか」

 橋下大阪維新の会代表が政治パーティでこのように述べ、国政への進出を宣言したというニュアンスの新聞記事が出ました。次の衆院選挙で200議席をねらうのではないか、という予測です。

 今月初めの民放番組で「僕に社会保障、税の問題を預けてくれたら、3か月で決着する。次の総選挙で自民党も民主党もすべて倒す」などと語っていた、と新聞記事は伝えています。

 国政に進出して統治構造そのものを変えていかなければ、地方は変われないし、国もこのままでは沈没するというその発想はいいと思うし、その実行力は素晴らしいと思う。しかしこの急激な変化はいかがなものだろうか。

 小泉内閣のもとにおける自民党の圧勝、それに続く民主党の圧勝と政権交代、大阪維新の会の強い風・・・・選挙のたびごとに大きな振幅がある。しかし本当に必要なものが変わっていっているのだろうか。

 歴史家の半藤一利さんが「日本人は実は右か左か二者択一が好きで、どちらかに大きく流れ、集団催眠にかかりやすい。閉塞感が出てくると、強い者への待望論が生まれる」と言っています。まさしく「維新」ということばに飛びつく背景にはそんな待望論があるのでしょう。

 しかし物事はそう簡単に変わるものではないし、拙速に過ぎると弊害も一気にあらわれていろんなものが壊れてしまうということが出てくるのではないか。

 いまこそ私は「中庸」の大切さを強調したい。右や左に大きくぶれないバランスを大切にした地道な取り組こそ必要ではないか、思います。

 とりわけ住民の生活に直結する仕事をする基礎自治体はさらにそうであるべきではないだろうか。 

政治家の条件

  • 2012/01/28(土) 23:31:57

 産経新聞で見つけた「政治家の条件」と題するコラムを財布の中に入れて大事にしていました(下の写真)。
 たしか政治評論家の細川珠生という人が書いた文章と思いますが、辻元清美氏や加藤紘一氏、参議院議長の井上裕氏が次々と議員辞職したことが書いてあるので、調べてみると2002年(平成14年)の頃の記事で、約10年前の記事です。



 「それにしても、政治家とは、たいへんな職業だとつくづく感じる。過去をどこまで遡っても、一切疑惑が生じないような清廉潔白な人でなければ、務まらない職業なのだ。しかし、先ごろ辞職した議員以外の政治家が、すべて清廉潔白とはとうてい思えない。だとすれば、これからも、政界は”疑惑合戦”を繰り返し、いくつもの重要法案の議論もそっちのけで、騒動に振り回されつづけるのだろうか。・・・・・・そもそも政治家とは、誰にでもなれる職業ではないのだ。高い知性と教養、適度な遊び心と協調性、人をまとめ、動かすことのできるリーダー性、そして何より、私欲を捨て、人のために人生をささげる決意とそれを維持させることのできる意志の強さ・・・。こうした能力を持ち合わせている政治家は、残念ながら数少ないといわざるを得ない。」

 当時、日々の暮らしの中で何か鬱々としたものを感じており、もっと何か自分がやらなければいけないことがあるのではないか、やれることがあるのではないかという思いを持っていたので、この短い記事に接したとき、妙に心に響くものがありました。

 そして折りたたんでずっと財布の中に入れて事あるごとに広げて見ていました。

 自分がこういう政治家になりたいな・・・と思い、議員を目指したきっかけにもなりました。

 小さな紙面を二つ折りにして財布にしまっていて、活字も半分消えかかってぼろぼろになったので、拡大コピーをしてラミネートして、議員をしていたときも今も机の前に張っています。

 再選を果たせず、捲土重来を期している今、なぜ政治家になりたいのか、なろうとしたのか、という原点に返ってその思いを保ち続けなければならないと思っています。

市民スポーツの普及に向けて(2)

  • 2012/01/27(金) 23:36:50

 花園中央公園の野球場と多目的競技場に挟まれたところに遊水地があります(下の写真)。4〜5000坪はあるでしょうか。たいへん広いスペースです。



 全国高校ラグビー大会のときには駐車場になっているし、ふれあい祭りのときは会場になって多くのテントが立ち並びますが、普段は空き地で散歩やランニングのコースになっています。

 恩智川が決壊したときのような有事のときには、水をそこに貯水する役割を果たします。隣接する野球場や多目的競技場もそんな遊水地の役割を担っています。

 しかし50年に一度あるかないかの有事のために、このスペースを空き地のままにおいておくのはいかがなものかと思います。

 東大阪ではソフトボールが全市的にひじょうに盛んですが、場所がなくみなさん場所探しにたいへん苦労していますが、たとえばこのスペースにソフトボールができるグランドに整備するとか、サッカー(フットサル)やラグビーができるグランドに整備をするとか、といったような使い方ができないものだろうか。

 遊水地は有事のときにその役割を果たせばいいのであって、数十年に一度あるような有事の際に遊水地としての機能を持てばいいのであって、普段は市民スポーツのためのグランドとして活用するほうがどれだけ市民の役に立つでしょうか。

 天然芝は管理運営がたいへんだけれども、上質の人工芝にすればコストも低くあがりまた景観的にもすばらしいものができるでしょう。

                      

 また市内には市民病院跡(八戸ノ里)や統合され廃校になった小学校などをはじめ多くの遊休地があり、その多くは売りたいのだけれどもなかなかうまく買い手が見つからないといったことがあります。

 こうした遊休地も売り急ぐことなく、市が市民スポーツのために最小限のコストで整備をして市民スポーツのために開放するなら、市民の人が身近でスポーツを楽しめるグランドが一気に増えるでしょう。

 最小限のコストをかけるだけなら、他に転用することが決まればスポーツグランドとしての使用をやめればいいだけのことで、それまでは積極的に市民が手軽に利用できることを考えていったらいいのではないか、と考えています。

大阪府庁の美術館構想

  • 2012/01/26(木) 23:32:47

 松井大阪府知事が15日に出した大阪府庁を近代美術館に転用しようという計画に、建築家安藤忠雄氏が無償で「監修」を申し出たという新聞記事がありました。

 大阪府庁は大正15年にできた歴史的建造物で、耐震性に問題があるものの歴史的な価値が高いという。この建物が保存の必要性があるのなら、庁舎としての利用は面積的にも効率的にも難しいのだから、それを解体しないで美術館に転用するという発想はいいと思います。

 とくに歴史的な建造物で、「近代美術館」として芸術文化の発信拠点とするという組み合わせもいいですね。安藤忠雄氏も「いいアイデア」であり、「ほとんど改装しなくてよい」と助言したと新聞記事は伝えています。

 もともと「近代美術館構想」は大阪市制100周年事業の一環で打ち出され、中之島地区に建設予定であったものが、橋下氏が大阪市長になった時にその建設を見直す方針を示しました。

 確かに総事業費は約240億円する巨大プロジェクトですが、予定地の中之島にはすでに国立国際美術館があり、天保山にあるサントリーミュージアムも寄贈されて市の所有物になっており、あらたに中之島の地に巨額の資金を投入して近代美術館をつくる意義は少ないと言えるでしょう。

 それならば保存の必要性のある歴史的建造物の府庁を近代美術館に転用するほうが、建物を保存できるだけでなく耐震工事や内部改装をしても事業費は格段に安くなると思います。

 橋下市長もこの転用構想には賛同しているということですが、府庁の移転問題をどうするか、という問題が前提になっており、具体化までにはまだまだ先は長いようです。

 でも府と市は組織が違うから、いいアイデアでも府ではできませんとか言うのではなく、大阪にとって地域にとって何が一番いいのかという発想はいいですね。

 これからますます行政は柔軟にモノを合理的に考えていくということが求められているように思います。